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         東トルキスタン情報センター  2005        

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2005年

 

独立と自由は涙で勝ち取れるものではない

       
 偉大なる祖国「東トルキスタン」が、中国侵略者の支配下に置かれた残酷な歴史の中で、東トルキスタン国民が今日ほど民族消滅の危機を緊急に感じたことはなかった。広大な砂漠の中で喉が渇ききった人間が水を欲するように、圧迫下にある全ての東トルキスタン国民は、解放と独立を渇望している。祖国を敵に奪われた今、自由と平穏の中で豊かな生活を送ることが困難であることは、東トルキスタンでは羊飼いでさえも知っている。

東トルキスタンでは、一部の温和なインテリや宗教学者が“強国である中国と戦ったところで、勝利するのは困難である。だから、少しでも人権を与えてくれるのであれば、血を流さずに暫く彼等と一緒に暮らしていよう”と言う意見を持っていた。

長い間この意見の影響を受けてきたある善良な老人は、“今日私達が願ったとしても、漢族が私達とこの祖国で一緒に暮らすことを望まず、この祖国から私達を全滅させ、漢族自らが暮らしていくとの悪意を持っていることが分かった”ことを認めた。

東トルキスタンの青年達は色々な理由で収監され、殺害されている。東トルキスタンは中国侵略者に地獄とされてしまっている。中国侵略者政権は、“抵抗できるものならやってみろ”と憎しみを表しながら、一方では、武装化し東トルキスタン国民を全滅することを狙っているのである。

特に、ソ連が解体し、私達と同じ宗教、同じ言葉、同じ風俗習慣を持つカザフスタン、キルギスタン、ウズベクスタン、タジクスタンが独立してから、中国政権は、東トルキスタン国民を全滅させ、その国土を永遠に持ち主のいない土地として、中国の国土に入れようと必死になっている。国際社会も中国のこういう悪意を知り、民族の解放のために祈るだけではない。剣を持って、ムスリムのジハード(侵略者に対する自衛戦争)を指導した。実際、一人のムスリムが圧迫下に置かれたら、世界中のムスリムがジハードをする義務を持つ。ムハメド使者の仲間の一人は質問した:“天国はどこにあるか”。ムハメドが持っている剣を見せて、“天国はこの剣の影にある”と答えたのだ。

東トルキスタンで中国侵略者の圧迫を訴えて、目が悪くなった盲人等は、自分の目ではなく、敵の目を悪くすることを考えたことはあるだろうか。一日5回のお祈りのときにアラーの神に中国侵略者から解放を祈った人々は、親愛なる使者であるムハメドが武器を持ってからムスリムの解放を実現させた事実を考えてみただろうか。
東トルキスタンのある人に上記の質問をしてみたところ、彼は“私に何が出来るのだろうか”と答えた。
“私に何が出来るのか”と思っている10人、100人、1000人、1万人または百万人の東トルキスタン人が結集し、組織を作れば、どれほど強い力を生み出せるかということを考えたことがあるだろうか。

解放、独立、自由を、涙で、祈りで勝ち取った民はまだいない。そういう例は歴史上にも存在しない。

東トルキスタンの各地で流された涙、血、苦しみを止めるために、奪われた青い旗を取り戻すために、いじめられた宗教信仰を、侮辱された人格と民族尊厳を守るために、武器を取り、私達を殺すために来た敵に向かって弾を撃つほか選べる道はない。

もし、私達に近づく死の前に沈黙していたら、民族全体が消滅してしまう。子孫が全滅にさらされ、私達の墓で祈りを捧げる子孫はいなくなるのである。

この東トルキスタンに輝かやしい国家を造り、自分達の血で詩集を作るシェヒード(烈士)となり、その遺体でもってこの土地で一つになった祖先の精神の前で私達は信義に背いた者になる、私達を創った偉大なるアラーの前でも反徒になってしまう。

子孫をいつまでも存在させ続けるためには、武器を持ち、組織化し、光栄の酒を飲むためにアラーの前で誓い、闘争をするしかないのである。

死の意味を本当に理解した人々にとっては、敵が多いか少ないかは何の意味も持たない。羊のように大人しく黙っていれば、私達全員が殺されてしまう。もし、自衛のために武器を持てば死者は減る。私達の子孫が祖国で自由に、幸せに生きていけるのである。私達の墓前でクルアン(コーラン)を読み、祈りを捧げ、私達を誇りに思ってくれる子孫が残るのである。
私達は確かに少数で弱い。しかし、中国侵略者は“彼らは少数で弱いから、彼等に少しでも権利を与えよう”と思ったことはあったのだろうか。

私達を人間として扱ったことはあったのか。私達が彼等の前で可哀想になればなるほど、彼等は益々正気を失い、私達を虫けらほどにも見なくなった。私達が少数で、武器を持っておらず弱小であっても、祖国は私達のものである。
私達は祖国から力を得ている。人口は少ない。しかし、正義を持ち、一人の司令官の下に結集した民族が、自分より何倍も強い敵を勝ち取った例はある。

私達は10億の漢族と戦うのではない。私達を民族として全滅させることを画策し、実行してきた中国共産党政権と戦うのである。私達は、一時多くのものを喪失するかもしれない。
しかし、この喪失、この代価は、祖国と民族にいつまでも喪失と代価を払わせないための保障となる。
この夢のために集まり、この理想のために全てを犠牲にする人々から生み出された力は小さくても、弱くても、強い敵を倒すことが出来る。こういう例は歴史上数多くある。

ムスリムがよく知っているベディル(「Bedir」、メッカとメディナの間の砂漠地帯)で7世紀にあった戦争で、ムハメド率いる313人の部隊がメッカから来たアブジェヒル(Ebujehil)率いる950人の部隊と戦って勝利を勝ち取った。ムスリム側は14人死亡したが、敵側は72人死亡、70人が捕虜となり、ムハメドが勝った。敵側は武器も、駱駝など交通手段も優れていたにも関わらず負けたのである。この勝利のお陰で、イスラム教は世界の各州に広がっていったのである。

つまり、同じ理想のために闘争する人間にはその理想のために強い信仰がなければならない。同じ理想の為に集まった人々の間に利己的な目的があれば、夢を実現させる際に分裂が生じる。この分裂が善良な人々の意志を傷つける。分裂は失敗の種である。

敵は、同じ夢の下に集まった人々の間に分裂の兆候を見つければ、彼らの中にいる利己的で意志の弱い人間を誘惑しようとするだろう。裏切りがそこから始まるのである。だから、解放闘争ではいつも分裂を防がなければならない。分裂者が見つかり次第、その破壊を防がなければならない。
この原則は民族統一を守るために、理想を強めるために、勝利を保障するために非常に重要である。
東トルキスタンの解放のために覚悟を決めた愛国者、革命者は、民族統一を死守するためにこのことを肝に銘じておく必要がある。

ウイグル太郎
東トルキスタン情報センター
2005年3月12日
 


© Uygur.Org  11/02/2004 21:40   A. Qaraqaş  日本語メール: info@eastturkistan-gov.org