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         東トルキスタン情報センター  2005        

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2005年6月30日


ラビヤ.カディルさんが解放された

  ウイグル民族が最も誇りとする末裔、愛国者、有名な企業家であり、栄光ある母親であるラビヤ・カディルさんは2005年3月17日釈放され、その夜22時35分にアメリカのワシントンに到着、家族と再会した。

 2004年3月3日侵略者中国政府はラビヤさんの刑期を1年減らして2006年8月12日に解放する、と発表していたが、それよりも1年以上早い解放となった。

   ラビヤさんは1999年8月12日、中国の国家安全局により突然逮捕されたのだ。侵略者、ファッショ中国共産党政府はラビヤさんを“国家機密漏洩”で国家の安全を脅かしたなどの罪状で、50代の無罪の母親を無情にも有罪にし、収監してしまった。ラビヤさんは幼いころから東トルキスタンのほかの女性と同じ貧しさと苦しみを経験した、意志の強い、勇敢な女性だった。

   若くして結婚と離婚を経験し、幼い子供を抱えたまま、他人の洗濯を引き受けたり、子供服を作って売ったりして、生計を立てていた。   

   その後、誠実な商売ぶりがウイグル人の信頼を得て、事業を次々と拡大し、ウルムチにラビヤ・カディル商場などのデパートや不動産などを所有するようになり、成功した企業家として知られるようになった。1994年にはアメリカの「フォーブス」誌で中国の富豪のひとりとして取り上げられたという。ウルムチ市商工会議所主席、ウイグル自治区企業家協会主席、中国全国政治協商会議委員など複数の肩書きを持ち、1995年、北京で開催された国連の第4回世界女性会議には、ウイグル人女性の代表として参加した。

  さらに、1997年にウイグル人女性の職業的自立を促すため「千人の母親運動株式会社」を設立。服飾雑貨の工場や、レストラン、出版社、幼稚園などを運営し、ウイグル子女の雇用を多く創出した。

   彼女は常に虐げられた存在であるウイグルや兄弟民族の中でも、一段と弱い立場だった女性を経済的に自立させようとした。それによってウイグルや兄弟民族自体が力をつけるきっかけになると考えた。

  しかし1998年にはこの事業が大きくなって、漢族の利権を脅かすことを恐れた中国当局は、この会社を閉鎖したのだ。   さらに1999年ウルムチを訪れたアメリカ議会スタッフがラビヤさんに接触しようとした。ラビヤさんはこの機会にウイグル族の人権についてこの人物に資料を渡そうとしたが、それが当局に察知され、面会場所のホテルで逮捕されてしまったのだ。

   しかし、結局アメリカ人には会えなかった。そこで中国当局は彼女がアメリカ在住の夫に、国内で発行された新聞を送ろうとしたことを、国家機密漏洩にあたるとして、有罪にしたのだ。その新聞も結局送れなかったのだが、いずれにしてもラビヤさんには有罪の道しか残っていなかった。

    海外の東トルキスタン組織はこの六年の間、中国侵略者政権のこの行為に反対し、デモ・人権会議などを行ない、抗議をしてきた。六年間の間に東トルキスタン人、外国人などが数百件の記事、抗議書、報告などを書いて発表してきた。アメリカ政府、国連人権委員会が圧力をかけて、ラビヤさんを解放するよう要求したが、中国独裁政権によって無視されてきたのである。  

   2004年9月23日ノルウェーのラフト人権基金会がラビヤさんに“人権賞”を与えた。この理由には、民族の実情を国際的に暴こうとした勇気や、無実の罪での収監という彼女の受難もあるが、1997年の「千人の母親運動株式会社」のこともあげられている。彼女の弱いものを決して置いていきたくないという深い思いやりが評価された。それは今の中国の「なれるものから金持ちになればいい」という考え方とは対極に位置するものだ。  

   このようにラビヤさんに対する国際的注目が高まったこともあり、ずるがしこい中国政府は中国とその植民地で行なっている人権侵害が、ジュネーブで開催された国連人権委員会でやり玉にあげられるのを避けるため、3月17日突然ラビヤさんを解放し、即日北京のアメリカ大使館に引き渡したのである。またちょうどその頃アメリカのライス国務長官が訪中を控えていたということもあった。これらのタイミングが重なったのだ。  

   ラビヤさんはその日のうちにアメリカに無事に着いて、およそ8年ぶりに夫でアメリカ在住のスディク・ハジ・ロズィ氏との再会を果たした。スディク・ハジ氏は東トルキスタン内で大胆な中国批判を繰り広げたため、先にアメリカに脱出していた。それが思いもかけず1997年にラビヤさんのパスポートが没収されたことと、逮捕のために、これほど長い間の別離を余儀なくされたのだ。  

   ラビヤさんの解放は侵略者、軍拡主義者、テロ国家中国のウイグル国民に対する弾圧が和らいだことを意味しない。これから東トルキスタン国民に対する圧迫を弱めるという方針の転換でもない。それだけは日本人のみなさまも楽観視しないでいただきたい。

   今までの中国当局の行動から判断するに、ラビヤさんを解放した3月17日には、東トルキスタンで数十人のウイグル青年を逮捕したに違いない。ラビヤさんは解放された。しかし中国の侵略、民族浄化、文化消滅、資源強奪、環境破壊について中国政府に抗議したウイグルおよび兄弟民族の男女を非法的に、自分たちの感情のまま、気に食わない者を次々逮捕し、拷問し、殺害し続けている。

   ラビヤさんが解放された3月17日にも東トルキスタン国内の刑務所で十万人単位の優秀なインテリ、青少年、農民、教師、医者、作家などが拷問されている事実は日本だけではなく、ほかの国の人々の目にもふれることはないのだ。

   ラビヤさんの解放は東トルキスタン独立運動、東トルキスタン国民の自由と解放を勝ち取る闘争にとって、大きな問題が解決されたことを意味しない。ラビヤさんは東トルキスタンで有名な企業者で、海外に夫をはじめ支持者が多かったため、侵略者政府がよけいな面倒と、国際社会の制裁を避けるために解放したにすぎない。外交取引であり、海外へのプロパガンダにすぎないのだ。   

   東トルキスタン国内の刑務所で苦しんでいる何千人もの“ラビヤさんたち”と何十万人もの優秀な青年たちの開放への道のりはまだまだはるかに遠いのである。

ウイグル太郎
東トルキスタン情報センター
2005年3月18日
 


© Uygur.Org  11/02/2004 21:40   A. Qaraqaş  日本語メール: info@eastturkistan-gov.org